『下剤を飲まない大腸カメラ』について、患者さんから問い合わせがあったので、警告の意味も含めて私見を述べたいと思います。
まず、大腸カメラを受ける前に大腸の中を完全にきれいにする必要があります。
大腸をきれいにするために「腸管洗浄液」と呼ばれる薬剤を検査の4時間前から2時間以上かけて、ゆっくり2リットル服用します。
ゆっくり時間をかけて服用する理由は、ごく稀に腸閉塞や腸管破裂、嘔吐による誤嚥・窒息といった死亡事故が起こる可能性があるからです。
最近、胃カメラを使用して腸管洗浄液を十二指腸へ急速注入する方法を独自に実施している医療機関が見受けられますが、非常に危険です。
添付文書には
『短時間での投与は避ける(1L/時間をめどに投与すること)』
と注意喚起されています。
「腸管洗浄液」は、保険診療で認められている薬剤ですが、正しい用法・用量を守ることを前提に安全性が確認され、保険診療として認可されたものです。
つまり、添付文書に記載されていない用法で薬剤を投与した場合の安全性は確認されていません。
ましてや、添付文書に注意喚起されている内容を無視した方法で薬剤を投与することは決して許されません。
当院では、患者さんの安全を最優先に診療を行っておりますので、添付文書に記載されていない用法での薬剤使用は絶対に行いません。
『2リットルの下剤を飲むのは辛いから、胃カメラを使って腸管洗浄液を直接十二指腸に注入すれば、患者さんは下剤を飲まなくて済むので楽なのでは?』と考える医師がいるかもしれません。
しかし、こうした『思いつき』や『自分の経験』に基づいた診療を行ってはいけません。
客観的な科学的根拠のない行為は、
正しい『医療』ではありません。
また、保険医として保険診療を行う以上、「保険診療のルール」を遵守する義務があります。
たとえ、すべて『自由診療』で検査を実施するにしても、安全性が確認されていない医療行為を行うことは、医療倫理に反します。
もし、胃カメラを使って腸管洗浄液を十二指腸に注入する方法を実施するのであれば、大学病院の倫理委員会で『臨床研究』として審査を受け、認可された医療機関で臨床研究として実施し、安全性データを多施設で集めて統計学的な解析を行った後に『学術論文』として発表し、その結果をもとに厚生労働省の薬事委員会に『用法追加』の申請を行い、認可されて初めて一般臨床医が実施できるようになります。
一度でも臨床研究に携わったことのある医師であれば、以上の理由から現時点で「下剤を飲まない大腸カメラ」を実施することは絶対にありえません。
医療行為は安全が第一です。
もちろん、すべての医療行為にはリスクを伴いますが、リスクを最小限にする努力が必要です。
将来、多施設協同研究により安全性が確認され、厚生労働省から『胃カメラを用いた下剤注入法』に関する用法が認可された場合には、当院でもこの方法を導入する可能性はありますが、現時点ではまだまだ時期尚早です。
本当はあってはならないのですが、医療の世界でも『モラル・ハザード*』が起きています。
インターネットの医療情報を何でも鵜呑みにせず、自分で調べる姿勢が大切ですね!
*モラル・ハザード:責任感が欠けること、倫理観の欠如という意味
院長
安藤祐吾